スイス領土の変化
1798年から1815年にかけて、スイスの国境線に変化があった。
1798年、都市ジュネーヴはフランスのミュルーズと同盟を結び、フランスに編入された。1802年には、フランスが介入し、ヴァリス/ヴァレーがヘルヴェティア共和国から切り離され独立国となり、1810年、フランスのシンプロン県に編入された。ヴァリス/ヴァレーにはグラン・サンベルナールとシンプロンという2つの峠ルートがあったため、フランスにとって重要な地域であった。
同じように盟約者団にも領地が増えた。以前はオーストリアの領地だったフリックタール(バーゼルの東部、ライン川沿いの地域)は、1799年フランスに占領され、その後盟約者団の領地となった。フリックタールは調停法が施行されるまで主権を持った地域だったが、アールガウに編入された。フリックタールは現在もアールガウ州の一部である。
オーストリアとフランスは、1799年から1800年にかけてグラウビュンデンを巡って争った。1801年、フランスが最終的にグラウビュンデンを獲得し、スイス盟約者団の16番目の邦とした。1797年にナポレオンが統合したチサルピナ共和国の領地は、スイス盟約者団に返還されなかった。
