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16世紀:拡大政策の終わりと中立への道

シュヴァーベン戦争(1498-1499年)
15世紀末、皇帝マクシミリアン1世(ハプスブルク家)は帝政改革を図り、改革のための諸要求を盟約者団にも突きつけた。盟約者団側は、これは皇帝が再び自分達を帝国に併合する計画だとみなし、受け入れなかった。当時まだ盟約者団に加盟していない都市バーゼルもこれを拒否した。再び盟約者団とハプスブルク家は対立関係となり戦争となった。盟約者団は、同じくオーストリアの脅威にさらされていた3つの同盟の結合体であった現在のグラウビュンデン州と友好同盟を結んだ。

シュヴァーベン戦争はグラウビュンデンで始まり、短期間でバーゼル方面まで広がり、ドルナハ(現在のソロトゥルン州)で盟約者団側の勝利で終わった。

1499年9月、バーゼルの和約が成立し、神聖ローマ帝国から離脱することになり事実上の独立を獲得した。1501年、バーゼルとシャフハウゼンは盟約者団の正式なメンバーになった。

フレスコ画『マリニャーノの退却』の一部 (新しいウィンドウ)

展示会用ポスターのリトグラフとして使用されたフェルディナンド・ホドラーのフレスコ画『マリニャーノの退却』の一部
© BPUG Zurich Graph. Anstalt J.E. Wolfensberger

ミラノ戦争

シュバーベン戦争の後、盟約者団はフランスとの傭兵契約同盟を結び、イタリア戦争へスイス人傭兵を送り込んだ。

15世紀、長期にわたるミラノを巡る戦争においてスイス盟約者団は、始めはフランス側で戦ったが、1510年以降はローマ教皇庁側に付き、1512年にはフランスからミラノを奪回した。1513年、ノヴァラの戦いでスイス盟約者団軍はフランスに勝利し、ロンバルディア地方への進出は当然のことのように思われた。

しかし、2年後、フランス軍がヴェネツィアと手を組んで北イタリアへ軍を進めたため、スイス盟約者団軍はマリニャーノで完全に敗北し、念願の北イタリア進出は果たせなかった。

スイス盟約者団はフランスとの間に「永久平和」を締結し、現在のティチーノ州と現在のイタリア領にある地域を獲得した。

フランスとの和平交渉でアルプス越えのルートを確保したスイスは、拡大政策を終わらせ中立政策へと切り替えた。スイスの歴史上、重要な転機となった。

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