長い伝統
スイスの銀行は、ルネッサンス末期にまで遡る長い伝統を持っている。 スイスがヨーロッパの中心に位置し、政治と経済が安定した環境であることからスイスは、長い時間をかけて、優れた専門知識と守秘義務の定評を持つ国際的な金融の中心地としての地位を築き上げた。
17世紀、スイスの商人たちは、次第に、国外の個人、および、公的な多額資産を専門的に取り扱うようになった。それらの資産は、国外でのビジネスやプロト工業、貿易によって作られた資産だった。スイスの銀行家たちは、その後すぐに、全てのヨーロッパの大都市でビジネスネットワーク、および、のちに銀行システムの基本となる堅実なインターナショナル・ペイメントシステムのネットワークを構築した。当時、プライベートバンクの最も貴重な上客だったのは、貪欲に資金集めを行うフランス王室である。カトリック教徒であるフランス王室は、異教徒のプロテスタントから資金を借りることが不可能だったため、両者のこの関係は、当初から完全な秘密厳守が要求された。その後、経済面のプライバシーを秘密厳守する銀行機密という概念の基本が誕生した。
18世紀、ヨーロッパで起きた政治の混乱の中、スイス、特にジュネーヴは、着実にヨーロッパの人々が革命の騒ぎからお金をかくまう避難所のような場所となり、ナポレオンさえもスイスの銀行の顧客だったほどである。多くの資本が集まったおかげで、スイスの銀行は、急速に金融業界でトップの地位を獲得することができた。さらに、産業革命がスイスの銀行に決定的な影響を与え、19世紀には、初の商業、産業向けの銀行が誕生した。
20世紀への変わり目には、スイスの銀行にとって新しい好景気が訪れた。多くのヨーロッパの国々では、一般的に増税が行われ、国の税徴収から免れることを目的とした資本がスイスの銀行に流れ込んできた。スイスの銀行機密の伝統は、国際競争においてプラスに働いた。
1929年、世界経済恐慌が起き、ヨーロッパの国々は、スイスへ圧力をかけて、税金逃れを制限しようと力を入れた。このような困難な状況の中でも、スイスの銀行は、力を弱めることなく、1934年には、スイス政府が銀行機密を法律として制定した。
2つの世界大戦は、スイスの銀行の主要な業務である資産管理を確かな地位へと導いていった。2つの世界大戦に参戦しなかったスイスは、世界で有数の強い通貨、国民に友好な税制、安定した政治システムを大戦中に得ることができ、これらの好条件と銀行機密が相まってスイスは、世界の資産にとって安全な国という評判を築いた。多くの利点に恵まれたスイスの銀行は、外国の競争相手を抑え、20世紀後半を通して、大きく飛躍的に成長した。
金融システムが優れた機能を発揮するためには、常に、より良い環境が重要である。スイスの政治、および、マクロ経済の持続的な安定と長い伝統を持つ法律への信頼は、金融の中心地スイスにとって、価値の高い利点である。さらに、スイスの銀行の成長に疑いなく関係しているのがスイス人の気質である。多くのスイス人が経済や社会問題について自由な思考を持ち、私有財産の管理に妥協せず、お金に特別な関心を払い、謙虚さと慎重を持ち合わせている。
